2022年7月21日木曜日

西岡たかしの5曲 その2 えんだん

34段目 8番

下妻物語 2


1年目 

ニューヨークの双子の高層ビルに旅客機が突っ込んだニュースは、寮の部屋のテレビで見ていた 

46歳だった

その日は3の番で、0:00~9:00の勤務だ 

ずっと画面に釘付けだったが(働かなきゃ)と300mの道程を急いだ

オームサリンを地下鉄にばらまいた時は、京都の舞鶴で自動車のガラス窓を作っていた

やはり寮の部屋でニュースを聞いた 

出勤時間になったが「ガラスをいらってる状況にはない」と無断欠勤した

クビになる前に「めまいが気になって仕方ないんで」と、こっちから辞めたのだった

仕事を終え、また部屋のテレビに噛り付いていると、同じ部署のワタナベさんが焼酎持参でやって来た 

俺より20近く年下だが、こんなことは初めてだ

いつしか2人は河岸を変えていた 

18:00までに寮に戻れば大丈夫と踏んだのだ

普段は「ヨモギタさん」なのに、気がつけば「ビンちゃん」になっていた

「ここだったらいいけど、寮でその呼び方はやめてよネ」と言ったかどうか?

ただその心配は杞憂に終わった 

ほどなくワタナベさんはいなくなった


2年目 

には、ゴンベエさんがいた 

引き継ぐ時に、いつも酒臭いを吐きかけてくる 圧倒的にが強い

25度の4ℓ入り焼酎を4日で空けるそうだ

40になったばかりと言っていた

引き継ぎのたびに「今度一緒に飲もうね」って話になるのだが、3ヶ月後に辞めてしまった

入れ替わりに来たのがイズミさんだ 

歳はゴンベエさんと同じくらいか

今は年下の男が、年上を君(くん)づけで呼ぶ風潮がある ついていけない

社会に出てからは、よほどのことがない限り、相手はさんづけだ

ある程度の距離を取った方がな気がする

イズミさんは前歯の何本かがなかったが貧相には見えなかった

市立図書館の場所を教えてくれたのもイズミさんだ

肉体労働者なのに本好きで映画好き、そこいら辺でが合った


3年目 

苛性室は4人体制だ 

ヤマダさんとタキタさん俺とイズミさん

8:00~17:00 16:00~1:00 0:00~9:00の3交代で、1人が休みとなる 

前後の1時間が引継ぎのためダブり、基本的に残業はない 

ローテーションによって休みが長くなったり短くなったりする

チェンマイへ行くまでずっとこの4人だった

山一工業はIRと名称が変わった 

IRが何の略なのか、どんな意味なのかは知らない

ピンハネ会社よりアウトソーシング業と、思わせたかったのかもしれない

昔は工場を変えるごとにテレビデオを持ち歩いていた

下妻に来だして、やめた 

DVDが増えたからだ

下妻市立図書館では、ビデオテープもDVDも館内で見ることができる

下妻公民館の図書室へ行くことはなくなった

図書室の司書のおばさん(ぼくよりは年下)とは、IRが休みの度に行って話したもんだが

高村薫が話題になったことがある 

小説雑誌に連載中のものが突如中止になった 

「面白くなりそうだったのに」と2人の意見は一致した

次に行くと、そのことについていろいろ調べたらしく、ワープロで打った5枚綴りの原稿を渡された 

主人公の名前はヨゼフだ 漢字が当てられていたが、さてどんな字だったか?

再開されることはないだろう 

書こうとしたことは、晴子情話、新リヤ王、太陽を曳く馬の三部作に形を変え、散りばめられたから

司書のおばさんは元気だろうか 図書室は健在だろうか?

いまさら行くことはないにしても


4年目 

タキタさんは苛性室にいなかった

俺が6年目に働くことになる、金型運びの部署に異動していた

考えてみれば、俺が戻って来る前も4人体制なのだから、誰かが辞めるか職場を変えたことになる 

それがタキタさんだったわけだ

今回はヤマダさんとイズミさん、俺とノセさんの4人だ

ノセさんはヤマダさんと同じ年の頃だろうから6,7歳年上になる

なんでも香港で「5日間に200万円キレイに使った」

と、さも得意そうにピーチクパーチク囀るのだ

まさか「うるせえ!」とは言えないのでおとなしく聞くしかない

タキタさんが死んだ 

仕事に来ないので部屋を覗くと、電気炬燵に突っ伏すように、こと切れていたそうだ

俺と1歳しか違わなかった ヤマダさんと同じくらいと思っていた

実際にやってみるまで、俺は金型運びの大変さを知らなかった

そういえばタキタさんが、時間外も働く姿を目にしたことがある

サービス残業ではなかったと思いたい

しばらくして、もう1人が死んだ 

その人は風呂場でカランに腰を落としたまま、太いいっぽんのうんこを漏らした 

もちろん(わざ)とじゃない

会社は辞めてもらうことにしたが、手続き前に行方がわからなくなった 

荷物は置かれたままだ

1週間後、宇都宮のサウナから連絡が入った

「おそらくお宅の関係者だと思う男が、死んでいる


5年目 

メンバーは去年と同じ ヤマダさんノセさんイズミさん俺の4人

と言うことはタキタさんのように、誰かしらが辞めるか他の部署へ移ったわけだ

その人の名前は知らないし痛痒にも感じなかった

ヤマダさんに15万円貸した 

女に使ったようだ

茨城県はフィリピン、韓国、タイ、台湾の出稼ぎが多い 

女はスナックみたいなところに勤めることになる 

下妻にもその手のスナックが何軒かあった

ナニ人かは知らないが、ヤマダさんの彼女もそうしたうちの1人と聞いた

ヤマダさんはあまり自分を語らない人だ IRに来る前は日本を経めぐる船に乗っていたそうだ

どういった種類の船で、何をしていたかは把握できなかった

借用書を書いてもらったが、次の給料日に8万円

次で7万円しっかりと返してくれた

タイへ行くために下妻に通っているので、外で飲むことはめったにないが、イズミさんに誘われ、タイ人が雇われママしているスナックへ赴いた

タイ語を見せびらかすつもりだったのに、女は日本語でしか応じず企みは不発に終わった


6年目 

下妻物語で述べたよう職場を変わった俺は、盆休み夜逃げ同然に辞めた

それでも2ヶ月は働いたろうか?

イズミさんは寮を出てアパートに住んでいた 

スナック勤めの台湾人と同棲しだしたのだ 

1度招かれたが、女がいない時だった

イズミさんと、ヤマダさんノセさんの関係は、少しづつ変わってきたようだ 

イズミさんの態度が大きくなった気がする 

イズミさんは人の弱みを握るのが得意なのではないか

俺との関係に変化はないと自負しているが、傍目から見れば果たしてどうか?

サセさんは俺たちを管理する側だ 

1年目は見習いみたいな立場だったのに、どんどん横柄に流れていった 

労働者をどこに配置するかは、サセさんの一存だ

実家に逃げ帰った3日後、サセさんから電話があった

「ヒデオ、IRからみたい」と上の姉に目配せされ、受話器を手にすると

「恩を仇で返しやがって!」との怒鳴り声が飛び込んできた 

黙っていると、1分か2分喚き散らし、叩きつけるように電話は切られた

どう転がろうと、2度と下妻に行くことはないが










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