2019年10月20日日曜日

京マチ子の5本 その1 浮草

3段目5番
台風一過


寝床に入ると川の流れる音が聞こえてきた
久方ぶりに台風が通り過ぎたから
大谷川はどんなふうになってるんだろう
台風一過の朝はめしには目もくれず母の制止も振り切り
河原へと飛んでいった
空は青く、底抜けに深く晴れ上がって、置いていかれた風が仕方なく吹いて
ぼくはいつまでもどこまでもゴオーゴオーって流れる泥色の川を眺めていた
堤防の脇の清水が湖のようになった時があったっけ
澄んだ水面に太陽の日がこれ見よがしに光っていた    
寝床に入ると川の流れる音が聞こえてきた
割り切れないおもいでが割り切れることなく通り過ぎる
今、清水湖がぼくを踏み倒して
遠くへ遠くへ、手の届かないところへ行ってしまう



2019年10月18日金曜日

ちばてつやの5冊 その5 ユカをよぶ海

3段目4番
夏は来ぬ


梅雨空に傘を差し~ひとりで歩いていた
湿ったベッドに横になり~何時間もそうしていた
そしてもう夏
太陽の陽にすべての物体は輝き、ひとびとは明るく笑い
開放の光はぼくの住む町内にも押し寄せ
容赦なく飲み込もうとする
けどおいらは飲み込まれもせず、アッチーチチチーアチとランニングまで脱ぎ
ちゃぶ台に尻
乗せている




2019年10月17日木曜日

ちばてつやの5冊 その4 1・2・3と4・5ロク

3段目3番
あしたは


絵を描こうと思います
近くの雑貨やさんで画用紙を買って、裏の山の方の景色のいい所を捜し歩いて
一日中かかって、一所懸命に



2019年10月15日火曜日

ちばてつやの5冊 その3 おれは鉄兵

3段目2番
氷水


もうすぐ夏休みが来る、ぼくは氷水、舌を真っ赤にして氷水をのんだ、通りに出してある細長い台に座って
氷水やのおばさんは手桶で水を撒く、ケチ臭く甘露をかける一人暮らしのおまっちゃん、今年の冬乳ガンで死んだ
もうすぐ夏休みが来る
ぼくは氷水
幼い頃の日向臭い思い出に冷えながら知らない店で氷水をのむ
今度の夏休みがぼくの最後の夏休み



2019年10月14日月曜日

ちばてつやの5冊 その2 のたり松太郎

3段目1番
雨と死と祈りと

 
雨が降ると蛍の光を歌った
薄暗い茶の間に仰向けに寝っころがって窓の外を眺めて歌った   
いつも一人だった
八月に雨が降っても歌った、一月に降っても歌った
年がら年中降りさえすればお構いなしに歌った
調子っ外れの歌を歌うなと兄に頭を蹴っ飛ばされた
それでも雨が降れば澱んだ茶の間の板敷きに横たわり祈った
そして泣いた



2019年10月13日日曜日

ちばてつやの5冊 その1 あしたのジョー

2段目7番
漫画喫茶


を沖縄県那覇市で初体験した
早速メールを確認しようとブースの馬鹿でかい画面で
ログインしようとしたができない
酔っていた
ったく!舌打ちしバッグから自前のノートパソコンと泡盛のボトルを取り出す
こぼしてしまった
俺より先にアルコホールを味わったパソコンは
早い話イヤ遅い話壊れてしまった
そのことを受け入れるのに一週間かかったのだ
漫画喫茶には3泊した
酒で腫れ上がってしまった顔面を垂れ下がった瞼を
元に戻すのにそれだけの時が要った
オキナワにやって来たのはこんなところに流連するためではない
何度も言ってるように1日500円のテント生活のためだ
那覇空港に着いたのは10月11日だったが
遅かったのでその日はゆいレールで赤嶺駅へ出て
ビジネスホテルに泊まった
翌日は壷川駅で降りて豊見城根差部にあるホームセンターさくもとに向かって歩いた
自転車を買うのだ
自転車があれば本島全域を行動範囲にできる
しかし気が変わった
いったい何回立ち止まっては腕と肩を休めたろう
俺は姪から貰ったL,L,Beanを背負い
上の姉から借りてきた、詰め込みすぎて妊婦のように膨れてしまった
ショルダーバッグを引っ掛け
さらにテントとマットを括り付けたやつを振り分けにしていた
これを全部自転車に積み込むのは無理と判断した
代わりに買ったのがテントが入る大きさのスーツケースだ
一番安いのが最低ランクのママチャリと同じ
税抜き12,800円だった
壷川から何キロ歩いたのか果たして最寄りの駅だったのか
その日はそれで疲労困憊してしまい
下地を拵えてからまたまたビジネスホテルの厄介になった
次の日は与儀公園を目指した
もちろん歩きだ
今のスーツケースは引きずるんじゃなく押すのね
軽く手を添えるだけでスースーと俺を置き去りにして
先へ先へと滑ってく
自転車をあきらめたのは正解だった
荷物を積んだり結わえる手間が省けるし
置き場所を探す必要もない
オキナワに来てから一滴の雨も降っていないのに
水はけが悪いのか公園はジメジメしていた
水溜まりもいくつもある
ここには県立図書館と市立中央図書館があり
与儀大通りを挟んでスーパーマーケットもあって
野宿できれば理想的なのだが他を当たることにした
県立図書館は改築中とかで12月半ばまで休館とあった
中央図書館は外よりも暑いのだった
館員も入場者も全員うちわか扇子を使っていた
おれも額の汗を手の甲で拭いながら雑誌を拾い読みしたが
早々に退散した
さてそれからのことはよく覚えていない
漫画喫茶の前に5泊したはずだが
1度もテントは張らなかったし野宿もしていない
どこにどういう順番で泊まったのかもうごっちゃになっている
ビジネスホテルはどこもかしこもマッチ箱のようで
高いのは1万円もした
1度奥武山公園のユースホステルに泊まったが会員だった高校以来で
4000円のドミトリーは朝まで貸し切りだった
大浴場があると知って歓喜したが
ぬるいのでお湯を出そうとしたら蛇口が壊れていた
旭橋駅にそびえ立つ那覇バスターミナルビルの中に図書館があると聞きつけ
行ってみると12月16日の開館だった
それが県立図書館で与儀のが移ってきたらしい
改築中ではなく移転中だったのか
そういえばシャッターで閉じられた建物はただそのまま放り出されてあった
うみそら図書館は牧志駅を降りてすぐの3回建ての細長いビルヂングの3階にあった
ここは冷房が効いていたから何十回と通った
いくつもの公園に行った
どこもキャンプ禁止とあったが野宿をするなとは書いていない
テントは橋の下に張るつもりだったが
那覇に架かる橋の下は川の水があるだけで
河口が近いせいか川原の部分が一切ない
うみそら図書館にほど近い希望が丘公園は名が示す通り
小高い丘にあるコンパクトな公園で
その上がり框的なところに見るからに浮浪者然とした男が所帯道具を広げていた
その方とはおともだちになれそうになかったので
そこでの野宿もあきらめた
気に入ったのは奥武山公園だ
やたらと広いからベンチは無数にあるし便所も数えきれない
テニスコートに野球場ユースホステル果ては神社まで何でもある
とにかくきょうから野宿だと意気込んでベンチに張り付いていた夜
やぶ蚊につきまとわれ20時が限界だったが
あしたのためにファミリーマートで虫除けスプレーを買い込んでから
行きついたのがユースホステルだったのだ
奥武山公園は19,20,21日の金土日とナントカ見本市が開催されるため
あちらこちらでテントの設営でごった返していてガードマンも目立った
翌朝4時に起きて公園の中を周囲を走ってみたが
どのベンチにも寝ている奴はひとりもいない
橋を渡ってウツボのような形の漫湖公園にも足を延ばしたが
野宿者は見つからなかった
毎日歩きに歩いた
ゆいレールに乗ったのは初日と2日目の2回だけだ
のどが渇けばコンビニに押し入りワンカップ焼酎を手にした
スーパーを見れば小便ついでにトリスのミニボトルをポケットに忍び込ませた
もちろん勘定のあとでね
できあがってこの世の些末事がどうでもよくなると
あくまでもおおらかに安そうな店にしけこんだ
時間をつぶしたい時は奥武山公園のベンチをはしごした
涼みたい時はうみそら図書館で新聞を読んだ
奥武山公園駅から牧志駅まで5区間だが歩いても30分で
飽かずに行ったり来たりした
1日に3往復なんてこともあった
旭橋駅の高架下はそのたんびに通るわけだがちょうどホームの真下の
国道58号線の歩道に半円形のベンチがふたつ並んでいた
そのひとつにいついかなる時も黒の長袖を着た男がひとり身を横たえていた
俺よりちょっと年下だろうか
髪と髭は伸び放題だったが鳥の巣状にはなっていない
もうひとつのベンチの下には彼の持ち物だろう紙袋が数個押し込まれている
そこに腰をおろし陣取ったことがある
彼を真似て寝転んだりもした
どうして那覇にはセブンイレブンがないんですか?
と話しかける空想に捉われたが空想のまま終わった
たっぷり2時間は粘ったつもりだったのに30分と経っていないのだった
その間彼は微動だにしなかった
1日500円の生活なんてとんでもない 1万円でも収まらない
どうにかしなくちゃ そんな潜在意識が泥酔した俺を
漫画喫茶へと向かわせたのだろう
位置の把握ができていなかったが3日ぶりに外に出てみると
国際通りだった
うみそら図書館とドン・キホーテの中間くらいか
実行に移すことにした
図書館のある建物の多目的トイレで頭を剃るのだ
お湯が出ることは確かめてある
黒長袖男のように野宿の場所の確保も大事だが
頭を剃れる空間を見つける方がもっと大事だ
なかなか野宿に踏み切れないのはそういうわけだ
来る前は短パン一丁になって手頃な石に腰掛け川の水でと
考えていたが那覇には川はあっても川原がない
川岸に佇めるような場所が見当たらない
洗髪はご遠慮下さい との貼り紙を尻目に
上半身裸になって剃り始めたのだが
落ち着けない
まさか隠しカメラはないだろうが焦ってしまう
35の時電気カミソリを試してみた
話しにならない テカテカと輝かない
だいいち音が邪魔して無我の境地に至れない
毎日の剃髪は心静めるための大切な儀式なのだ
とてもじゃないがトイレの中じゃ平安は得られない
腰を据えて野宿のできる頭の剃れる場所を見つけ出す必要がある
そのためにもドミトリーはキライだが簡易宿泊所を捜すことにした
このままじゃ200万の貯金は減る一方だ
国際通りを沖映通りに入ってすぐの右手にそれはあった
1週間で1万円、あしたにならないと空かないが
泊埠頭の南風なら7日間9500円できょうからでもOKとのこと
経営者が同じなのだろう、料金を支払い、3キロはゆうにある
と聞いたが例によって歩いていく
歩道橋の上から南風全体を目の当たりにした時
その薄汚さに愕然とした、まださっきの方がましだ
どちらも従業員はひとりのようでフロントのようなものはあるにはあるが
そこに誰かが詰めていたためしはなく用を足す時はこちらから
捜し回らなければならなかった
正午にチェックインした部屋に2段ベッドはいつつで
人の気配はカーテンの向こうにひとつあり
荷解き中にもうひとり入ってきたが
軽く挨拶をしあうとまたすぐ出ていった
階下の共同の冷蔵庫には一部の隙もなく入れようとしたものを持ち帰ってから
外出した
そして酔った
俺は取り囲まれていた
囲んでいるのは同室の男たち6人か7人か8人で
口々に出て行ってくれと懇願しているのだ
酔っているのは重々承知だが何か迷惑かけたのだろうか
兄弟が1組いて弟の方は40代だろうダウン症だった そいつがしゃくりあげしゃくりあげ言うのだった
兄ちゃんの通りだ、兄ちゃんが正しい、出ていけ
俺は納得したのだろう、ベッドに上がって荷造りを始めていた
それを兄弟ともうひとりが見守っている
奥武山公園駅のホームを降りてきて直角に横断歩道をふたつ渡ると
カフェみたいな飲み屋みたいな店がある 歌えるとある
扉を押し開けるとカウンターの中に初期高齢者の年の頃の女がひとりいるだけだった
同じく初期高齢者の男の下半身が久方ぶりに疼いた
霧笛が俺を呼んでいるを15年振りに歌った
2曲目の銀恋を声震わせデエットしていたら男がひとり入ってきてカウンターの
端っこに座った
誰がどこからどう見てもママさんのダンナであった
それから1時間3人で世間話をした
何故かダンナが都こんぶとか昔の駄菓子屋で売っていたような菓子を数品
くれたのだ
その駄菓子と家から持って来たしその実の醤油漬けを
お詫びの真似事です、皆さんで食べてください
と、カッコつけて兄弟に差し出した
残り6日分の宿泊費を返して貰う気はさらさらなかったが
フロントはやはり無人だった
ローソンがあったのでスパゲッティナントカカントカの大盛りをやけ食いした
午前1時過ぎだった
タクシーを止め旭橋と告げる
辺野古に行くのだ、行って座り込みに参加するのだ
そうすれば堂々と大手を振ってテントが張れる
ホテルを3軒当たったが満室だと拒否された
国道沿いのシャッターの下りたこじんまりとしたビルの麓に
マットを敷いて仰向けに寝た 
今回一発目の野宿だ
1時間もしないうちに聞き覚えのある音が聞こえてきた
音に合わせて俺のシャッターが夜も明けていないのに上昇していくのだ
河岸を変えざるを得ない
ゆいレールのホームからは地上に降りずとも那覇バスターミナルビルに乗り込める
その間の通路は屋根付きでできたばかりなのかピカピカだ
今度はマットは広げずに直接に寝た
1時間もしないうちにどこからかどこかに雇われた警備員がふたりやってきて
丁寧な口調で移動を迫るのだった
バスの発着はまだのようだがバスターミナルビル1階の待合室は明るかった
何人か仮眠をとっている
端からここにすれば良かった
さまざまな案内図をさまざまに検討したが辺野古行きのバスはなかった
名護市方面に行くバスをどっかで降りるのだろうが
それはどっから出てるのか
そんなこんなでだんだん面倒になってきた
テントが張れたとして頭はどこで剃るのか
海が近いとしても海水じゃ刃はすぐに錆びてしまうだろう
待合室と隣り合わせにファミリーマートがあり境はどこなのか行き来は自由で
泡盛と牛乳を買ってテーブルにつく
牛乳はチェイサーだ 泡盛は生に限る
引き返すことにした
10時を待ってHISへ向かう 10分とかからなかった
翌21日の羽田行きが取れたが急だったため
手数料の2000円を加えると来た時の3倍、26,400円した
HISを右に出て30メートル曲がりさらに右に曲がって30メートル進めば
そこはビジネスホテルの入り口で5200円の部屋は端から端まで
そろりそろり歩けば3分はかかるほどゆったりしていた
何より専用の電子レンジがある ホットプレートもある
驚くなかれ洗濯機まで据えられてある
俺は無料の完全自動洗濯機でパンツ2枚を洗いながら
大通りを挟んで斜め向かいにあるファミリーマートで買ってきた助六を
つまみに缶ビールを飲んでいる
実は断腸の思いでオキナワを断念した時よみがえってきた記憶がある
広報にっこうの市営住宅入居者募集の記事に1万円以下の物件があったのだ
おそらくそれを借りることになるだろう
中にテントを張り1日500円で暮らすだろう
そして優雅に風雅に孤独死するのだ
というわけなので
俺は今でもオキナワという語感と字面が大大大好きなのだが
シャバダバダシャバダバダ
サラバジャ オキナワ!



2019年10月10日木曜日

RCサクセションの5曲 その5 三番目に大事なもの

2段目6番
オキナワ


へやってきた
沖縄の歴史も文化も知らずに
オキナワへやってきた
イヤ、これはデタラメだ
きょうは10月9日
俺がオキナワへ行くのはあさってだ
心奮ってつい先走り液を漏らしてしまった
俺はオキナワの字面と語感が大好きなのだ
これまで行かなかったのは
たんに金がなかったからだ
金は今だってないが
前から言ってるように
俺はオキナワで
1日500円のテント生活をするんだもんね
オキナワのナントカ川のナントカ橋の下が
俺の終の棲家だ