2021年7月4日日曜日

井上ひさしの5冊 その2 四十一番の少年

23段目12番

こぼれる

 
 
どうせ死んで無になるのなら
生きた証などいらないのではないか
生きた痕跡など邪魔くさいだけだろう
生きた証がいらないなら生きる意味もいらない
生きるのが無意味なら苦しみも無意味だ
その刹那にそこにあることが
この刹那にここにいることが
生きるということ
っていうか、それしかないし、できない
俺たちは、ここにあることで
苦も楽も幸も不幸もない等しい宇宙を共有している
死ぬというのは
その宇宙から、こぼれて消えて
跡形もないのを、いうのだろう





こぼれる 2
 
 
最近はこぼれっぱなしだ

尿意を覚えてトイレに立つ

扉を開けると、ほっとするからなのか、ズボンのチャックも下ろしてないのに、小水が「ヒョッコ」とこぼれる


冬は1時間半、夏は2時間おきに、トイレに起きる

出は悪く、勢いも往時の3割以下だ

立ってやるなど、もってのほか

洋式の便器に「ドテット」とは座らず

若干、尻を浮かせ気味にし、用を足す


最後は念入りに、太腿の裏から右手を差し入れ

指先で付け根を押さえ込み

掻き毟るように、激しく揺さぶる

つられて腰が「ギクシャク」揺れる

下着をずり上げ2、3歩、歩くと


きっちり落とし前をつけたはずのモノが

ひょこっと、こぼれる

年とともに、すっかり丸くなり、怒ることは、極端に少なくなった

ただパソコンが思うに任せぬ時と、こぼれた時の話は別だ

マウスを投げつけ、あるいは穿いたばかりのパンツを脱ぎ捨てこの野郎!」と口に出していたりする


こぼれるのは1日数回だが、到底回復は望めず、悪化の一途だろう

おしめを締めて生きることになるんだろうか

どこかで見切った方が良くはないか

同じくらいの年齢で10代20代の女と暮らしてる男はいくらだっている

やつらは「こぼれない」のだろうか?

こぼれても達観しちゃってるのだろうか?


思いを馳せてみただけで、比べたのではない

比べても詮無いことだ





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