19段目8番
右と左
の、そりが合わない 反目しあっている
写真に写る肩の位置が違う
鏡だと左右が逆になっても、写真はそうでないから、その辺がややこしい
どちらかが高く、もう一方は低い
そのことには、とうの昔に気づいていた
完璧な左右対称などあり得なく
「よくあることさ」
と、それほど気にかけてはいなかった
高田馬場の小滝橋に住んでいた28歳の時
初めて入った近所のスナックで右翼の男に殴られた
どちらかの目がどどめ色に腫れ上がり、完全にふさがった
当時、早稲田通りを挟んでスナックの真向かいにあった庄屋でアルバイトをしていた
店長に言われた通りに3日間休み、あとは眼帯をつけて働いた
1ヶ月外せなかった
それから何年たっただろう
飯能にマッチ箱のような1軒家を借りた
黄色の縁取りの長方形の鏡を覗いては、目がビッコになってしまったことを嘆くのだった
一大決心をして所沢の防衛大学附属病院に行った
殴られて腫れ上がり、最終的に元に戻らなかった部位を「削り取ってほしい」と
「私からは同じに見える 気にしているのはあなただけだ」と、相手にされなかった
美容形成外科ならOKだろうと渋谷の、とある医院に赴いた
治療費を聞くと断念せざるを得なかった
自分で治療することにした
殴られたところに、縫い針を何度も突き入れ、右手の親指と人差し指で絞り込むようにする
と、血と共に膿のようなモノが出るのだった
試しに逆の目をやってみたが、僅かに出血するだけで膿は出ない
「ほら、やっぱり殴られた影響は現としてあるじゃないか」
と、小銭入れに縫い針を入れて持ち歩いた
目に違和感を覚えると、デパートや駅のトイレに立てこもり、患部に針を突き刺した
そして、血と膿をトイレットペーパーで拭いとるのだ
その行為は約10年続いた
1年の半分以上をチェンマイで暮らすようになった
チェンマイに厭いてパヤオに河岸を替えた
パヤオ湖の岸べりを走っていたら、腰がガクッときた
いろいろ鑑みて腰部変形性脊椎症と判断した
座ることも横になることもできず3日3晩ラムドゥアンลำดวน(香り尊き花が咲く木)という名のアパートの部屋を歩き回った
目に縫い針を突き刺さなくなって、久しかった
走れるようになったら、おかげさまでスピードも恢復した
再びチェンマイに戻った
メーサイで用を足し、日帰りする
となると、バス待ちする間、バスターミナル付近でどうしても飲んでしまう
すると運行中、小便をしたくなる
チェンマイ〜メーサイ間のバスにトイレはない
運転手に了解を得て道端で済ませる
1回、せめて2回までなら頼みもする
それを越えれば「どうぞ先に行っちゃってください」となる
その日はウィアンパーパオのだいぶ手前で、バスとおさらばした
バスは最終だったが、ウィアンパーパオの街中に行けば、メーカチャンまでの乗り合い軽トラックがあるはずだ
メーカチャンなら、チェンマイ行き軽トラは、いくらでもあるだろう
ビーチ草履を手に持ち、走り出した
振り下ろした足が地面に潜っていく感覚があった
腰椎変形性すべり症だった
本当に腰が滑っていった
残り1キロを1時間以上かけ、それこそ地を這うようにして歩いた
ウィアンパーパオの安宿に3日3晩引きこもった
そうするしかなかったのだ
今回は、走れるようになっても、スピードが甦ることはなかった
それでもそれ以上遅くならないように、走るのは、やめなかった
チェンマイを引き上げ、オキナワを引き上げ、日光の市営住宅に落ち着き日光杉並木マラソンに挑戦した
500メートル行かないうちに棄権した
ぼくは先行逃げ切り型だ
スタートをできるだけ前方に位置取り、行けるとこまでイク
もちろんトップからはどんどん離されていくが、走り出して2,3分なら、一方的に抜き去る者はいない
それがどんどんどんどん、追い抜かれていく
女にも軽々と
「ぼくはガチガチのフェミニスト」と自称しているが、チェンマイのレースで女性ランナーに先行を許したことは、1度もなかった
屈辱的な棄権以来、1度も走っていない
ジョキングもしない ただストレッチは続けている
目がビッコになったのは右翼に殴られた後遺症と、ずっと認識してきた
でも、それだけでなく、体が傾いでいるせいもあるのではないか?
3年前から、長年の蓄積でチンバになってしまった足の長さを、平等にするストレッチに切り替えた
目には見えないが、成果は上がっていると信じる
理科室の骨標本には畏敬の念を抱いている
密かにあこがれてきた
その理由を深く考えたことはなかった
考えずとも今なら分かる
あれには右も左もない 表裏一体だ
死ぬまでストレッチを続けても、左右の差異が消え失せることはないだろうが
介護保険被保険者証が送られてきた
年収は年金の30万5千円だけだ
虎の子のそこから、介護保険料を天引きする魂胆のようだ
こんな理不尽がまかり通るのは悲しい
こうなったら、野坂昭如の選挙スローガンではないが
「右も左も蹴っ飛ばす」
ストレッチで死に至りたい
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