2021年6月21日月曜日

野坂昭如の5冊 その3 新宿海溝

 20段目9番

冥土への土産


このブログで日記、手紙、写真の類は、50の時に全部燃やした、と何度か書いたが、
写真だけは取ってあった
そいつも去年、中学、高校の卒業アルバムと一緒に、紐で厳重に括り上げ捨てた
燃やしたかったが、勝手に焚火をしてはいけない
だが、それも厳密には、

12枚だけ残した
誰かに葬式を出してもらう、つもりはさらサラない
理想を言えば猫や象のようにどこかへ行って、ひとり静かに逝きたい
こればっかりは何がどうなるか見極めはつかない
死に方は、とりあえず、うっちゃるしかない
生きてる間に12枚を処分する気は、毛頭ない
せっかくなので、少し、もの思いに耽ってみよう

厳選した12枚のうちの1
馬場脚本ゼミで五日市へ合宿に行った
高校を卒業してから4年目だ
昔は、旅館か民宿だったようだ
2階の、とある部屋の窓枠に背を預け横座りし、窓の外に張り出した鉄柵に左肘を載せ、下を流れる秋川に目を泳がせている
あきらかにポーズを取っている
白黒写真だが、ぼくが写っているのは写真の左端、おまけに体半分は切れている
橙色がかった黄色のVネックのセーターを、素肌に着ている

これと同じ服装で1年前
同期生の佐藤健光に誘われ、中川梨絵のインタビューに同行した
創刊する同人誌の目玉として企画したようだ
中川梨絵は「さっきまでフォーライフで打ち合わせをしていたの」と言ったのだ

その2 
渋谷道玄坂ガード横の居酒屋<ちっちゃな赤鬼>辞めたり、また勤めたりしていた
そこで草野球チームを作り<赤鬼ウィングス>と名付けた
言い出しっぺは大将だが、下手だった
創設時、まともにできたのは俺とアズだけだ
アズは青山杉作記念俳優養成所の同期生でもあった
自己紹介で俺は「トニーと呼んでくれ」と粋がったが、シャルル・アズナブールに傾倒していた彼はアズがいいです」と裏返った声で言った
アズが女と同棲を始めた 
仕事帰りに綱島の家へ遊びに行った
翌日、近くの公園でピッチングの真似事をした
その写真は、今まさに俺が投げおろすところだ
その先には、しゃがみ込みグローブを構える、アズがいるはずだ
一応の躍動感はある
アズが芝居をやめたのは大将よりも前だ
だんだんと料理人の方に傾斜していった
勤務は17:00からだが、アズは必ず1時間前には店に入って、くつろぐのだった
アズよ いまどこでどうしているのか?

その3
赤鬼の常連客に桑沢デザイン研究所の連中がいた
一組の男と女が結婚した 結婚式に大将と共に参列した 
二次会の店だ
大きな楕円形のテーブルに新郎新婦が普段着でくつろいでいる
背広を着た俺は立ちあがって、両腕を前方に押し出し、両手の指で輪っかを作るようにしている
となりに店でたまたま出会った、グレイセーターを着た女が腰掛けている
俺と彼女は互いに見合って、笑っている 
ふたりは今でも夫婦だろうか?
新郎は助っ人として<赤鬼ウィングス>に2、3度駆けつけてくれた
落ち着いた渋いプレーぶりだった

その4
やはり常連客に北さんがいた
酔っぱらうと、厨房に入ってきて手伝ったりする
誘われて敏いとう&ハッピーブルー星降る街角>のエンドレステープが入ったカセットデッキを担ぎ、新宿の街を流して歩いたことがある
気づくと東京からいなくなっていた
赤鬼が休みの日、あるいは働いていない時、俺は時々客になる
その日カウンターには倉ちゃん梅ちゃんがいた
どちらかが、北さんの行方を知っていた
突然、北さんを訪ね(驚かそう)という話になった
21:00発、梓55号に間に合った
車中で、どちらかが撮ったものだ
濃いブルーのカーディガンをまとい、俺は澄ました表情でカメラを見つめている
中原中也に似ていないこともない
写真機の故障か、何かの手違いだろう
写真は上から3分の2あたりで遮断され、下方の残りはセピア調で、なぜか倉ちゃんの寝顔が写っている
梅ちゃんはだいぶ前に死に、倉ちゃんは長いこと行方知れずだ

その5
それから何年かが過ぎた 
どうして住所がわかったのだろう?
飯能のマッチ箱のような一軒家に
一緒に働かないか」と北さんから手紙が届いた
俺は30前、勤め先の高麗精密機械には飽き飽きしていたので話に乗った
長野県美麻村の廃校を利用した宿泊施設北さんは厨房のリーダー的存在だった
それぞれがそれぞれに一品づつ作り、それが夕食のメニューになった
肝心の写真は遊学舎の食堂だ 
松田牛乳と書かれた飲み物専用の冷蔵庫をバックに、写っているのは俺で、椅子に腰掛けている
足を組み下を向き、微笑している
それが癖なのだろう
両手の指で輪っかを作るようにして、クリーム色のナイロンっぽいバミューダに、緑と白のストライプの襟付き半袖シャツを着ている 
テーブルにビール瓶と飲みかけのグラスが置かれてある
夏場1ヶ月半の仕事だった
ビールを飲んだらノートにつけ、最後に清算することになっていた
正の字は20を超えた
経営者夫妻の奥さんに特別に気に入られていた俺は、帳消しになった
北さんはこの後、金沢に移り住んだ 
一度遊びに行った
さらに何年かして奥さんの故郷である山口に、引っ越したと連絡が来た
住所と電話番号が書かれた葉書は、知らぬ間に消失した

その6
23、4の頃、尾山台の宇田川アパートに住んでいた
女に挟まれ、多摩川土手の草っぱらに尻を下ろしている 
薄黄土色のハーフコートと同系色のGパン、それに高校の時、上の姉が編んでくれた、草色のセーターを着ている
日光下駄を履き、その底を覗かせている 
太腿と太腿の間つまり急所の手前に、ハイライトのパッケージが置かれてある
向かって左、割烹着のような黒い服を着たのがさん、右側ブーツを履いているのがさん、ふたりとも福岡の出身だ
どちらかといえばHさんの方に俺の下半身は疼くのだが、東京での住処を知らない
歩いて10分のNさんの部屋には、何度も出入りした
3人の背後に犬が一匹横向きに写っているが、Nさんの飼い犬だ
マル田バツ子と宇都宮へ映画を見に行った時も、このセーターを着ていたのを覚えている


あとはバンコク、チェンマイ、パヤオで撮ったものが1枚づつ
日光なか良し会と名付けた中学時の、クラス仲間と20年続いた温泉一泊旅行のものが3枚
しかしながら写真を手に感慨にふけるより、酒をあおって意識をトバす方が、はるかに(健康的)と悟ったので、残り6枚の写真の解説は割愛する






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