2021年6月22日火曜日

野坂昭如の5冊 その5 エロ事師たち

 21段目2番

あの時
 
 
週に一度か二度<ステーキの食い放題>に行く
その店には箸がないので<マイ箸>持参で行く
「さあ出かけよう」
と箸をポケットに突っ込んだその時
「生まれてきてよかった」と痛烈に思った

その日から何日過ぎただろう
ミニマラソン大会からの帰り道
余所見している隙に増え続ける
セブンイレブンの一つを
ママチャリで通り過ぎたその時
「もう死んでもいい」
明朝体で思った
 
 
 

時々それは
 
 
何の前触れもなく
カマイタチのように襲い掛かってくるのだ
逃れようと
布団に潜って息を止めたり
スカそうと
虚空の一点を必死に見据えたり

風呂場に駆け込み
呻きながら
何遍も何遍も
顔を洗っていたりする

やがて
五臓六腑を〆あげ
毛穴という毛穴をかっぱじき
ちりちりと ぢんぢん
臍のぐるりを煎り炙る恐怖感は
少しずつゆるやかに
去ってゆき

おずオズおどオド おっかなびっくり
追おうとしても
ありがたいことに
すでにそれは手遅れなのだ
 
 
 
ビール瓶の底に
 
 
ぼくが死んだのは、始めて入った小さな「めしや」で
L字形カウンターの長い方の端っこに座り
ビール一本と「さば定食」を注文
勘定を済ますとカウンターに突っ伏しそのままだった

さばと味噌汁はキレイに平らげたが
ごはんは、ほとんど手つかず
コップのビールは空だったが
ビール瓶の底に、三センチほど残っていた
もし突っ伏すことがなかったら
ビール瓶の底まで飲み干し
残ったごはんは、持ち帰りにしただろう






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