2021年6月11日金曜日

梁石日の5冊 その3 明日の風

 18段目9番

心の葛藤 とかいうもの


を、保健体育で、あるいは倫理社会で、ひょっとしたら道徳の授業で習った
若い頃はそれこそ葛藤の連続であった
それが40を超えたあたりから、愛想つかされたのか、葛藤は滑空しなくなった

ところが3日前、久方ぶりに葛藤とあいまみれた
飲むか飲まないかで、夕方から迷っていた
単なる気の迷いは、葛藤とは言わない
イオンは23時に閉まる
いかようにママチャリを飛ばそうとも、間に合わぬ時間と相成った
結局、飲まないことにして寝床に収まった

「だが、これは世を偲ぶ仮の寝姿 眠れないのは酒がないせい」
と難癖をつけ午前1時にセブンイレブンへ押しかけ、25度の900ml焼酎パックとコロッケパンを買って戻った
コロッケはつまみに、パン生地は最後の仕上げだ

半分飲んで、また寝た
起きた 
顔も洗わず、ストレッチもさぼり、残りを飲み出す
万能感にあと押しされ、ついこの前行ったはま寿司は敬遠し、手前の幸楽苑へと赴いた

入って一番奥のカウンター席に座れば、創業者の書いた詩のような文章が見渡せる
「これはナカなかです」
と褒めたのではなかったか
「ビールをあと1杯 で、勘定してください」

この後の記憶がない
あと1杯のビールが果たして何杯目だったのかトント分からない
気がつけば部屋で寝ていた 布団は敷いてあるが着の身着のままだ
こんなことは珍しい
どんなに酔っていても、水道が凍る真冬でも
寝るときはパンツ一丁とTシャツになるのが、数少ないプライドなのに

「真夜中だろう 零時は過ぎてるに違いない」
百均の目覚まし時計を見れば20時前だ
きっと午後の早い時間に寝たのだ
Cセット餃子12ケ+半ラーメン+ライスを頼んだ
餃子6ケと箸をつけなかったご飯は、持ち帰っていた
それを食べながらお金を捜したが、見当たらない
 
そのうち出てくるだろうと、今度はちゃんとパンツ姿になって再び床についた
翌朝、部屋中を引っ掻き回してみたがお金は出てこない 
折りたたんだ紙幣を入れてある小銭入れもない
ズボンのそして上着のポケットに少なくとも5回は手を差し入れた

開店の11時に合わせ、幸楽苑に向かった
コロナ禍で朝定食まであり、8時には開いていたようだ
レジが空くのを待って
「きのう、小銭入れの忘れ物はなかったでしょうか?」
とマスク美人の妙齢の店員に聞いた
「ああ、紺のでしょう」
相手がすかさず応じたので(ほらほら)と期待した
「カウンターの下に落ちていたので追いかけて、店を出たところで渡しましたよ」
「じゃあ、もう一度失くしたわけか」
と、ひとりごちたあと慌ててお礼の言葉を投げかけ、警察を目指す

これは予定の行動だ
日光警察署は実家から歩いて30秒だが、今市警察署がどこなのかよく分からない
それで出がけに<日光市暮らしのガイドブック>の地図で調べてみた
はっきりしなかった
かましん横の交番は、蔦さんの本拠地

蔦さんには、2度お世話になっている
深夜酔ってママチャリで転び、救急車で今市病院へ運ばれ頭を2針縫った時
本当はお金はあったのに「金がない おまわりを呼んでくれ」と魚べいでほざいた時

蔦さんの本名は知らない
初めて目にした時、あまりにも池田高校の蔦監督にそっくりだったので蔦さんになった
蔦監督はずっとあこがれの人だった

日光の蔦さんの酔っ払いに対する寛容さは世界一だろう
歳は俺が10は上だが、すぐに懐いだ 
だから蔦さんに会うのはヤブサカでないのだが、またぞろ酔って警官の手間を取らせたとなれば、合わせる顔がないではないか

なので、かましん横の交番以外をと、地図を調べたわけだが、他は見つからなかった
運よく蔦さんはいなかった 若いのがふたりいた
今のところ小銭入れの落し物は上がってないとのこと
この時間にないのなら99%出てくることはないが、遺失物届を提出しておいた

いろいろと聞かれた
これが厄介で、しつこく確認を迫られたのが財布の中身だ
手持ちが¥2000しかなかったのでATMで¥10000おろしてから行った
ビール2本だけなら¥10000をくずさずに済んだだろうが、3本以上となれば話は別だ 
仕方なく¥8000てコトにしたが、その中に¥5000紙幣があったかどうかと、問い詰められてお手上げだった

電話はないので「静子という、姉が住んでいるのです」
と名前の横に実家の電話番号を添えた
すると「もしどこかからお金が出てきたら必ず知らせてください ここでも今市警察署でもかまいません」と言ったのだ
ここぞとばかりに今市警察署の場所を尋ねた
ヤオハンとカワチの並びらしい

その夜、布団を敷いた時、念のため押し入れの一番下の蒲団の下に手を突っ込んでみた
何かに触れた 
¥5000札1枚と¥1000札が2枚 それと¥1000近く硬貨が入った小銭入れだった
さて葛藤が始まったのはここからだ

「若いのは、ああ言ったが、あれはマニュアルのようなもので、あくまで建前に過ぎないのではないか 財布はあったのだから他の誰かが拾うことは絶対にない 遺失物届はある時期が来れば自動的に廃棄されるだろう 言われた通り、のこのこ出頭すれば警官は応対しなければならない 却って面倒をかけるだけなのでは 俺と同じ立場に置かれたら十中八九シカトするのでは それが常識だろう でも約束は約束」

葛藤とのクンズほぐれずの格闘で一睡もできず、朝が来てしまった
どっちみち図書館へは行くのだ
(男の約束でもあるし)と、またまたかましん横の交番前に立った
きょうも蔦さんは見当たらない

ちょうど夜勤者と日勤者の引継ぎの時間帯だったようだ
狭い中、女性警官1人を含めた7人の人間がうごめいている
中に入って「小銭入れを失くしてきのうここへ来たのですが、それが出てきたのです」と言うと若いのが俺を覚えていて「それは良かったですね」と応じた
それでおしまいだった あとは見向きもされなかった
「まあ、こんなもんだろう」
図書館へと向かった





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