16段目9番
天井裏を
どっどっどっ、どっどっどっ、と怒涛のように
風の又三郎が走ってる
又三郎は鼠ではない
といって、いくらなんでも猪ではないから、ほぼ間違いなく猫だ
4ヶ月前に、この101号室を借りた
隣りはヘアファーストサロンという美容室で、その隣りが中古の靴を床にうず高く積み上げて売る店
そのまた隣りは、ロビーとフロント
この部屋は1階部分の端っこにある
2階から上は普通に秩序だって部屋が並んでいるから、きっとこの上は201号室だ
そこの住人は又三郎に気づかないのだろうか?
4ヶ月前すでに又三郎は天井にいた
駆けずり回る響きは確実に迫力を増してきている
行き違いがいくつか重なり、又三郎は天井裏に迷い込んでしまったのだろう
そして岩屋の山椒魚のように出られなくなった
食う物には困らない
1日最低10回、天井裏を引っ掻き回す物音は、又三郎が鼠を追い回している、としか考えられない
又三郎はスクすくヌクぬく肥満化してるに違いない
直接の被害はないが、このことを誰かに伝えるべきだろうか?
フロントの太めの姉ちゃんに打ち明けるとして、事の成り行きを、実態を、正確に言い表せるだろうか
最近自分のタイ語能力に、自信をなくしている
仮に伝わっても、この部屋が又三郎捕獲の拠点にされてしまう
可能性は大いにある
トイレの天井の隅端をちょこっと持ち上げれば
天井裏に這い上がれそうなのだ
そうなったら面倒だ
どうせあと2ヶ月で日本へ引き上げるのだ
かようにこの世は人生は悩ましい
こんな悩ましさとは関わらないように生きてきた
いや、関わり合おうとしたこともあったが、うまく関わり合い切れなかった
又三郎はそのままに、日本へ帰ることになるだろう
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