16段目7番
トンダキセキノ、シャーリー・マクレーン
「ビールを五本飲むと判で押したように意識が飛ぶ」
と、数限りなく言ってきた
「気がつくと、泥酔を抜けると、そこは雪国だった」
てなことも繰り返し書いてきた
目先を変え忘年会を上中んちでやった年
上中は離れで寝起きしていたので、離れでガヤガヤしてた
小便のため外に出た
雪が降っており少し積もっていた
それはおぼろに覚えている
その次に気づいたというか、目覚めた時には、茶の間の掘り炬燵に身を埋めていたのだった
離れに茶の間なんぞはない
あさっての方からわざとらしい咳払いが聞こえてくる
そうか、離れに戻るべきところを母屋に来てしまったのか?
仲間の眠る離れへと、さっさと逃げた
あとから話を照らし合わせてみると、あの咳払いは、上中のおかあさんのではなく、隣家の月井さんの、誰かしらのものだったようだ
またある時は、気がつくと、飯場の板を通しただけの長台に仰向かっていた
回りに人家はなく、絵の具を溶かし込んだような赤土がどこまでも続いている
「ここはどこなんだろう どうしてこんなところにいるんだろう?」
イヤな予感が立ち上がって来た時、奥の方から小学二年生くらいの女の子が現れ、何か言った
咄嗟にタイ語で挨拶を返し、飯場の前に止まっていた、自分のママチャリに飛び乗ったのだ
そこがどこなのかまったくわからなかった
アパートから飯場まで間違いなく10キロ以上はあった
なぜキロ数まで分かったかといえば、まずは「人造湖を目指そう」と、道行く人をとっ捕まえては
「パヤオ湖へはどう出るんです? あと何キロぐらいです?」と
聞き続けたからだ
パヤオから再びチェンマイに居を移し、しばらくが経った
そん時も三日三晩飲み続けた最後の仕上げに、アパートから歩いて一分半の<のぼる>という飲み屋兼食堂に立ち寄った
そして閉店まで、そこの主人と話した
不思議なことにその会話のひとつひとつを、翌日になっても克明に覚えていた
詰め込んだアルコールの量からすれば、寄ったこと事態を忘れていていいはずなのに
「あしたになれば、こんなこと、忘れてるんだろうな」
とそん時も、ノンベエ親父との会話を反芻しながら、アパートへたどり着いた
カギがないのだった
ここのアパートの夜警は、合鍵の管理を任されていない
一ヶ月前、夜警を誘いカラオケに行った
勤務中に誘いに乗っかかってくる夜警も夜警だが、誘う方も誘う方だ
夜警はマイクを握って離さず、彼が10曲歌うなか、2曲しか歌えなかった
ぐちぐちと三輪タクシーでアパートに帰ると、カギがないのだった
合鍵は持たされていないと言う
大家を叩き起こすのもアレなので、近くのホテルに行こうとしたら
「なら俺の部屋に泊まればいい」と路地をひとつ隔てた、彼のアパートへ案内してくれた
起きると見慣れない部屋だ
「どういうことだ?」と何気なくポケットを探ると、なくしたはずのカギがあったのだ
再び自分のアパートに戻る
「カギはどうした」と夜警が問う 「それがあったのだ」
「俺の部屋のカギはどうした?」
「ちゃんとロックしてきた」
「まいった、あの部屋は中からロックしちゃうと外からは開けられないのだ」とわけの分からないことを言う
その日の夕方、部屋がしつこくノックされた
出てみると夜警が立っていた
「やはりカギは壊すしかなかった 300バーツかかったが100バーツは俺が出すから残りを出せ」と言う
なので200バーツ払った
そン時の夜警はカラオケ好きの彼でなく、若い男だった
カギはやっぱり持たされていない
そこでロビーのソファーに倒れ込んだ
寒くなってきたので共同便所にしけこみ、うつらつらつらした
そのうちに背負いバックの中に寝袋があるのを思い出した
久しぶりにパヤオへ遊びに行った
友達のところに泊めてもらおうと詰め込んだのだ
結局は900バーツのホテルに泊った
なぜそんな高いところになったかといえば、200バーツのやつは泥酔を理由に拒否されたからだ
寝袋をソファーの下に広げ、こんがらがったり、うつらったり、のたうったりしている隙間に、バックの中のキーホルダーに、カギを引っ掛けた記憶が、でんぐり返ってきた
カギはそこにあるのだった
一度、テントの収納袋に隠しこましたパスポートの存在を忘れ、再発行の手続きをしてしまったことがある
まったく周到過ぎるのにも困ったものだ
それにしても失われたアパートの鍵が、二度も続けて復活するとは
「トンダキセキノ、シャーリー・マクレーン」だ
堕ちる飛行機は堕ちる
泥酔するに限るのだ
奇跡のキーでドアを開け、自らの意思で自らの身体を、墜落させた
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