16段目6番
パヤオのファラン
西洋がどのあたりで東洋がどこからどこまでを指すのか
正確には、いや不正確にも知らないが、オーストラリアとニュージーランドは地理的に西洋ではないだろう
けれどオーストラリア人やニュージーランド人を、日本人は西洋人と見做しているのではないか
この西洋人に当てはまるタイ語が、ファランฝรั่งだ
この西洋人に当てはまるタイ語が、ファランฝรั่งだ
女を追いかけ、チェンマイからパヤオに移った
肘鉄を食らったが、人造湖の畔は走るのに具合がいい
そのまま居続けることにした
走っている時、よく一人のファランとすれ違った
走っている時、よく一人のファランとすれ違った
長身痩躯で、歳は六十くらいだろうか
アロハのような派手なシャツを着、櫛を何日も入れていないような頭だが、厳格といっていい顔つきをしていた
雨が降らない乾季でも左手に傘を携えていた
ラムドゥアンลำดวนと花の木の名がついた、ぼくの住むアパートの通路で、この男とばったり出くわした
「あらっ、あなたもここの住人だったのですか」
その思いが、「おっと」という音声になって漏れた
その日から彼はオットーとなった
走っている時だけでなく、自転車に乗ってる時も、歩いている時も、オットーとは繰り返しすれ違った
すれ違うくらいだから、走っている時や自転車に乗ってる時には、追い抜きもした
一杯ひっかけ気分のいい時は、追い抜きざまに振り返り、手を振ったりした
オットーは、傘を少し持ち上げ、応じた
極まれに笑みがこぼれた 柔らかな笑みだった
金が尽きたのでいったん日本に帰って働き、四ヶ月後パヤオに戻った
アパートは別なのにした
オットーのことなどきれいさっぱり忘れていた
当時、パヤオ幼稚園の近くに一見好青年風のマー坊というあだ名の男と、ラッというあだ名のタイ人の奥さんが切盛りする、日本料理やがあった
客がめったに来ない落ち着ける店だったので、週に一度か二度のペースで通った
その店の主人からオットーが死んだのを聞いた
毎月一日に、それも午前中に部屋代を持ってくるオットーが、三日の夜になっても来ないので管理人が合鍵で中を覗いた
オットーは机に突っ伏す格好で死んでいたのだそうだ
パヤオ警察からの連絡を受け、ニュージーランド大使館の職員がやって来た
オットーの身内と連絡をつけることはできず、死体は大使館によって処理された
他殺を疑わせるものは何もなく、死因は栄養失調となった
驚くことにオットーは途方もない大酒飲みだった
朝行く店、昼に寄る店、晩覗く店と三軒の馴染みを持ち、それぞれの店でビールをきっちり三本飲んだ
どの店でも聞かれたことには答えるが、無口な客だったようだ
一日にビールを九本飲むのは容易いことだ
だが、毎日365日となれば話は別
偉大なる飲み志を自負する俺でも三日連続がいいとこだろう
トータルすればオットーとすれ違ったり、追い抜いたりした数は軽く500回を越える
朝方追い抜こうと宵の口にすれ違おうと、千鳥足だったことは一度もない
彼の歩調は揺るぎなく首尾一貫していた
オットーの死は、確信に満ちた緩慢なる自殺だったのだ
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