2021年4月11日日曜日

フェデリコ・フェリーニの5本 その3 甘い生活

 16段目6番

パヤオのファラン



西洋がどのあたりで東洋がどこからどこまでを指すのか
正確には、いや不正確にも知らないが、オーストラリアとニュージーランドは地理的に西洋ではないだろう 
けれどオーストラリア人やニュージーランド人を、日本人は西洋人と見做しているのではないか
この西洋人に当てはまるタイ語が、ファランฝรั่ง

女を追いかけ、チェンマイからパヤオに移った
肘鉄を食らったが、人造湖の畔は走るのに具合がいい
そのまま居続けることにした
走っている時、よく一人のファランとすれ違った 
長身痩躯で、歳は六十くらいだろうか 
アロハのような派手なシャツを着、櫛を何日も入れていないような頭だが、厳格といっていい顔つきをしていた
雨が降らない乾季でも左手に傘を携えていた

ラムドゥアンลำดวน
と花の木の名がついた、ぼくの住むアパートの通路で、
この男とばったり出くわした 
「あらっ、あなたもここの住人だったのですか」
その思いが、「おっと」という音声になって漏れた
その日から彼はオットーとなった

走っている時だけでなく、自転車に乗ってる時も、歩いている時も、
オットーとは繰り返しすれ違った 
すれ違うくらいだから、走っている時や自転車に乗ってる時には、追い抜きもした 
一杯ひっかけ気分のいい時は、追い抜きざまに振り返り、手を振ったりした 
オットーは、傘を少し持ち上げ、応じた 
極まれに笑みがこぼれた 柔らかな笑みだった

金が尽きたのでいったん日本に帰って働き、四ヶ月後パヤオに戻った 
アパートは別なのにした 
オットーのことなどきれいさっぱり忘れていた

当時、パヤオ幼稚園の近くに一見好青年風のマー坊というあだ名の男と、ラッというあだ名のタイ人の奥さんが切盛りする、日本料理やがあった 
客がめったに来ない落ち着ける店だったので、週に一度か二度のペースで通った

その店の主人からオットーが死んだのを聞いた 
毎月一日に、それも午前中に部屋代を持ってくるオットーが、三日の夜になっても来ないので管理人が合鍵で中を覗いた
オットーは机に突っ伏す格好で死んでいたのだそうだ
 
パヤオ警察からの連絡を受け、ニュージーランド大使館の職員がやって来た
オットーの身内と連絡をつけることはできず、死体は大使館によって処理された 
他殺を疑わせるものは何もなく、死因は栄養失調となった
 
驚くことにオットーは途方もない大酒飲みだった
朝行く店、昼に寄る店、晩覗く店と三軒の馴染みを持ち、それぞれの店でビールをきっちり三本飲んだ 
どの店でも聞かれたことには答えるが、無口な客だったようだ
 
一日にビールを九本飲むのは容易いことだ
だが、毎日365日となれば話は別 
偉大なる飲み志を自負する俺でも三日連続がいいとこだろう

トータルすればオットーとすれ違ったり、追い抜いたりした数は軽く500回を越える
朝方追い抜こうと宵の口にすれ違おうと、千鳥足だったことは一度もない 
彼の歩調は揺るぎなく首尾一貫していた
オットーの死は、確信に満ちた緩慢なる自殺だったのだ






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