2021年2月6日土曜日

マーロンブランドの5本 その2 男たち

 14段目9番

日光下駄円舞曲
 
 
中村雅俊はGパンに下駄履きで有名になった
ぼくはその遥か以前から、下駄にGパンの男だった
日光下駄と呼ぶ、普通のより細身で、足を載せる部分が畳敷きだ
暑苦しいのでGパンは二十三でやめたが、下駄は三十すぎまで履き続けた

マル田バツ子とのデートも、パパラギのぼうさんとのデートの時も、下駄履きだった
「蓬田さんは下駄が似合う、そして足が速そう」
とぼうさんは言った
ファーストキスは十九の時だった
マル田バツ子ともぼうさんとも、ただの一度もしたことはないし、手を握ったことさえない

その日は高円寺にある俳優養成所を、半年で止めたぼくの送別会だった
中には便所がなく、となりの家作との隙間を身をよじるようにして進まねばならない
トイレで「もっと飲まねば!」と人差し指で喉チンコをチンチンして吐き上げ、引き返すと、向こうから来る土屋コンナと正対する羽目になった

「わたし、トニーのこと、ずっと前から好きだったの」
そのセリフが終わらぬうちに、二人は口を吸い合っていた
そのあまりにもの気持ちの良さに、ぼくはうろたえ一気に発情し、土屋コンナに恋をした

十数年後、たまたま知るのだが、土屋コンナはこのときの感想を
「トニーの口は、とにかく臭かった」
と語ったそうだ
勘違いしてほしくないので断りを入れるが、臭かったのは口臭ではなく、口腔に残っていた吐きたての吐瀉物のことだ

翌日、バイト帰りの土屋コンナを高円寺の駅で待ち伏せ、羅生門という喫茶店で向き合った
ぼくより一歳年下の土屋コンナは
「ヨウトワタシアアナッチャウラシイノ トニーイガイノサンニントハサイゴマデイッチャッタ」
と言った

もちろんその夜は、はしごした はしごの最後に
(表だったら)土屋コンナはぼくに好意らしきものを抱いた瞬間があった(裏なら)そういったことはまったくなかった
と、右足を思い切り蹴り上げ
夜空に
日光下駄を放り上げた

注記 土屋コンナの本名は土屋バツ子だ。 それじゃ面白くないので土屋コンナにした。 残念だが土屋アンナと面識はない。





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