14段目11番
少年
の目に、周りの壮年の男らは影薄く映った
おふくろを執念深く苛め抜いた、祖母リキの配偶者は利一郎だが、とうの昔に死に、俺がこの世にやってきた時は影も形もなかった
遺影が一枚だけ残っている
我が前半生を深い悩みで覆いつくした若っぱげは、どうやら隔世遺伝のようだ
氷水の甘露をケチ臭くかけるおまっちゃんの旦那と8っちゃんのおかあさんテルちゃんの旦那がゴッチャになっている
どちらかがゼンゾウ(善造?)という名だ
山の事故で大怪我をし、それが元で死んだのは、おまっちゃんの旦那だ
顔は忘れたが、包帯を巻いた胸板は今も覚えている
八間道路から名無し坂を上がって短い路地の両側に3軒づつ並んだ1番右奥が俺んちで、突き当たりは錦荘という割烹旅館の入り口だった
路地を挟んだ向かいが沼尻さんち
おフクばあさんと長男のタカちゃんが住んでいた
タカちゃんは生まれつき体が不自由で外に出てくることはなかった
タカちゃんの奥さんがスミちゃんだ
清水さんちを間に入れて八間道路沿いに次男夫婦がおり、同じ年頃の子供が2人いた
リョウちゃん(良一)チャアちゃん(久子)だ
2人のおかあさんは、電電公社のオペレーターだった
旦那、つまり次男の職業は覚えていない
おぼろにかすんでいる
タカちゃんが死に、おフクばあさんが死に、次男夫婦は引っ越し、スミちゃんは篠原さんと再婚した
その篠原さんも死んだ
寒い間だけスミちゃんを老人ホームに入れる段取りを、リョウちゃんは取った
暖かくなったのに、戻って来てはいない
ぼくの家から行けば、沼尻さんちの先は山本さんち<おまっちゃんの店>だ
歩いて30秒、かからない
左隣は嶋田さんちだ
ケンチャンブンヌキに出てくる上の姉の親友ノリちゃんが住んでおり、そのまた隣に嶋田クリーニング店があった
ノリちゃんのおかあさんカネさんは、双子の片割れだと随分あとになって知った
くだけた面白い人だった
死んだのかどうか、旦那の顔は見たことがない
ノリちゃんが大好きだった
ご飯をご馳走になる時はマイ箸マイ茶碗持参で行った
まだ小さかった頃、引っ越して行った
ノリちゃんが遊びに来れば一等最初に「きょうは何時に帰るの?」と聞くのだった
そして時間が近づけば玄関に鍵をかけた
ケージちゃんのおかあさんミヨちゃんは、おふくろのともだちだ
姿形は今もクッキリしている
旦那の方はぼやけている いつ死んだのかも曖昧だ
ケージちゃんから、おとうさんは
「中禅寺湖で水先案内人をしている」と聞いていた
姉たちに言わすと、俺のおやじと同じ、精銅所の職工だったそうだ
8っちゃんたちが裏の借家から若杉町へ移り、しばらくすると、大家だった平田さん一家もどこかへ越して行った
現在、そこにはログハウス風の家が建ち、週末になると定年間近の夫婦が東京からやって来る
その隣には粂川さんちの駐車場がある
中学生の頃まで、家族はそこに住んでいた
三郎さんヨネちゃん夫婦に、ターさんマサオちゃんヨーコちゃんの子供ら
三郎さんの弟、四郎さんの家も以前は大谷川沿いにあった
奥さんをシマちゃんと言い、子供にヨシアキちゃんと妹がいた 兄弟で別々の建設会社をやっていた
三郎四郎と名前は憶えているけど、風体がはっきりしない
それに引き換えヨネちゃんシマちゃんのことはよく覚えている
小学生の1時期、近所のともだちを招き誕生会をするのが流行った
俺んちも招いたし、俺も招かれた
ヨネちゃんには派手な印象があった
他の奥さん連中とは、どっかが違った
サイ子ちゃんとサイちゃんの中に
外山詣での折、サイ子ちゃんとすれ違ったことを、自分で編み出した暗号で日記に書きつけた、とある
同じ暗号を用い、ヨネちゃんに触れたことがあった
錦荘の入り口でヨネちゃんを見かけた きっと(さがみや)に買い物に行くのだろう 後ろ姿を、見えなくなるまで見続けてしまった
かような少年だった俺には、近所の男どもは影が(限りなく)薄く見えた
意識外、存在外なのだった
関連詩 八間道路へ 氷水 8っちゃん サイ子ちゃんとサイちゃん ケンチャンブンヌキ
追記 スミちゃんは死んだそうです。
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