2020年11月27日金曜日

坂東眞砂子の5冊 その4 曼荼羅道

 13段目3番

地下室 のメロディー  変ト短調


家を建て替えたのは、おふくろが死ぬ三年前だ
前の家の茶の間の掘り炬燵の下はおやじが作った地下室になっていてクリスマスだ、正月だ、誰それちゃんの誕生日だといっては、パーティーをし重宝した

トの誕生会の時、トは「子守を頼まれた」と、姪だという三歳位の少女を連れてきて、ことあるごとに少女の口に舌を差し入れて見せるのだった
トは二十歳前に六方沢から身を投げた

この地下室でのパーティーの音頭を取って段取りするのが手塚の光ちゃんだった
光ちゃんとは小学4,5,6年中学2,3年と同じクラスだったが、親友宣言をする程の仲ではなかった
それなのに何かしらのイベントがあると、隣には必ず光ちゃんがいた

小学5年の時、取っ掛かりは忘れたが「じゃあ行ってみんべか」と浅草まで行ってしまった
花やしきで遊び、寄席を覗き、バナナの叩き売りに聞き入り、露店で、がま口とドライバーセットを買い、帰ってきた
日光ー浅草間が¥220だった

ぼくらの学年は4クラスあった 
例えば6年4組はサッカーが強い
ベーゴマなら我が6年1組で、その双璧がぼくと光ちゃんだった
総合力では「上だった」と今でも自負しているが空中っ取りだけは敵わなかった

おまんこのやり方を教えてくれたのも光ちゃんだ
手塚左官店の惣領である光ちゃんの説明は微に入り細を穿ち具体的で、その口からゴッピョウという言葉が飛び出すごとに、身構えざるを得なかった
だが未だに、ゴッピョウが何を指し示すのか、正確なところは分からない

中学2年の時には、県大会に出場したバスケット部の応援に、県体育館へ行った
それなのにいつしか二人は、後楽園で世界水上大サーカスショーを見ていた
帰り、宇都宮から先の電車がなくなってしまった
そのあとどうしたのか、はっきりした記憶がない

3年の運動会仮装ムカデリレーで同じグループになった
手塚左官店の倉庫に立て篭もり、黄色いヘルメットに黒テープで革マル派、中核派、民青と貼り付け、セメントのこびり付いた角材を引っ張り出し、パレットの裏に脱ぎ捨てられてあった地下足袋を掻き集めて身につけ、各自が持参したタオルで口元を覆い、走った
手にした角材のせいでスピードには乗れなかったものの、まちがいなく一番受けた

三十歳の頃、頻繁におもらしをした
トイレに間に合わなかったり、おならのつもりがビチグソだったり
我慢の限度を超えているのにトイレを目指すから、便所にたどり着いた途端、はたまたパンツを下ろした瞬間にやってしまう
ままならぬ肛門は信用せず、野グソならぬ街グソで対抗した
駐車場の車と車の間に身を潜め、あるいは側溝に屈み込んで
その日は街グソさえも間に合わず、仕方なく最寄の公衆トイレに飛び込み、パンツを脱ぎ捨て、水洗の水でケツを洗った

ノーパンで歩いているとクラクションに呼び止められた
振り返ると手塚左官店の軽トラから光ちゃんが顔を覗かせていた
正直に「実はさっき、もらしてしまったのだ」と打ち明けると
「なら、これから俺んちで飲むべ」とわけの分からぬことをのたもうのだった
その時、光ちゃんの奥さんを初めて見た 
タイプで、うっかり漏れそうになるのを、じゃなかった惚れそうになるのを、ぐっとこらえた

このことより後だったか先だったか、仕事先の岐阜県で「光ちゃんが足場から落ちて死んだ」というニュースが走った
実際のところ、光ちゃんは奇跡的な復活を遂げる
そのせいか一気に太った
だが果たしてその正体は、あの地下室のパーティーの頃と寸分違わぬ
メロディーなのだ




0 件のコメント:

コメントを投稿