10段目3番
寝袋にこんがらがって
初めての海外旅行は、インドだが樋野さんから寝袋を借りた
いや、八千円で買うということになった
ボルテージが上がると吃音った、いや上がらずとも吃音っていた樋野さんは、ある時期、某有名エロ雑誌のハメ撮りコーナーを受け持っていたらしい
この情報をもたらした安斉も、樋野さんも、某映画専門学院の同級生だ
そこを出て何年過ぎたのか、八広に閉塞していたぼくを不意に安斉が訪ねてきた
二人は痛飲した
気がつくと吉原大門警察署の豚箱の金隠しのない便器に跨っていた
調書を取り終え部屋に戻る
履いていた日光下駄が、安斉の胸で眠っていた
「もうすぐ二千年だから」
何年か振りに、安斉から電話があった
「近いうちに会おうよ」
「いや、だめですよ 太っちゃって、みっともなくて会えませんよ」
「じゃあ、ますます村上龍に似てきたんじゃないの」
「それどころじゃないですよ大乃国ですよ、大乃国」
村上龍と大乃国が似ているとは思えないが、安斉とはそれきりだ
捨てた記憶も誰かにやった覚えもないのに、樋野さんから買った、まだ未払いの、一度たりとも使うことのなかった寝袋は消失した
一年前、必要に迫られ寝袋を買った
安かったせいか寝袋にはフードがない
中は思いの外、広い
今ではすっかり寝袋にハマッテいる
ホテルに泊まる時だって寝袋は忘れない
包まると自ずと観念できるのだ
どんなに酔って帰っても、意識が砕け潰れても
起きると寝袋の中にある
弾け散った意識が寝袋にこんがらがって寄り添っている
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