9段目12番
俺は一休〔いっきゅう อิคคิว〕だ
俺はよも助だが「一休」でもある
チェンマイのタイ人たちは「一休」と呼んだ
その辺を歩いていると
あっちこっちから「一休」と声が掛かったものだ
二十歳の時、半年間だが俳優の養成機関にいたことがある
仲間たちは「トニー」と呼んだ
なぜ彼らはそのように呼んだのか
「トニーと呼んでもかまわない、って言うより呼んでほしい いくら俺だってトニーと呼ばなきゃぶっ放すぜ」
と、お願いしたからだ
どんなに底意地の悪い男でも
凶悪な前科持ちの女でも
他人様から「こんなふうに呼んでもらいたいの」と頼まれて拒否する奴はいない
「マル田さんて言うの、なんかおかしくない?」
ある時マル田バツ子が言った
「じゃあなんて呼べばいいの?」
「うーん、うーん、やっぱりマル田さんでいい」
俺は一度たりともマル田バツ子を
マル田とかバツ子さんとかバッちゃんとか呼んだことはない
マル田さんで十二分に満ち足りていた
「一休」
と、所かまわず親し気に声を掛けてきた9割がたは女だ
半分以上に見覚はない
と言ってうろたえる必要はない
彼女らの身元は割れている
間違いなく風俗関係に従事している方々だ
50を少し越えるまで、そうしたところへ足繁く通った
我を忘れるくらいに酔わなければそうしたところへ、足が向くタイプではない
彼女らを思い出せないのはそのせいだ
ここ5,6年、2回の例外を除けばそうした店には行っていない
行っても意味を為さなくなったからだ
おかげで「一休」と呼び掛けてくる者たちも少なくなった
気がつけばタイ人のともだちも何処へといなくなった
ここいらが潮時だろう
今回の滞在を最後にチェンマイは引き上げる
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