2020年6月5日金曜日

佐藤愛子の5冊 その2 晩鐘

8段目2番
ガラスの破片


夜明け前の街を走っていたら犬に咬まれた、その4日前にはガラスの破片を踏んづけている、もちろん踏んづけた時にガラスの破片と確信したわけではない、その3週間後に足の裏からそいつが顔を覗かせたのだ
タイは野良犬の多い国でどこを走っていても犬に吠えられる、特に夜明け前は番犬と野良犬の吠え合い時だ、ぼくの走るスピードは犬に丁度いいようでよく追いかけられたりもする、夜明け前の街を犬に吠え立てられながら走るのは生きた心地がしない、それで何回コースを変えたことか
タイで犬に咬まれたら狂犬病の心配をすることになる、結局ワクチンの接種は受けなかった、何の保険にも入っていないから最低でも2000バーツはかかるだろう、ぼくは自分の命を2000バーツ以下と判断したことになる
いや、これは正しくない、犬に咬まれたからといって100%狂犬病になるわけではない、確率がある、タイに限れば、タイでの一年間の狂犬病の死者数をその一年間に犬に咬まれた人間の数で割ればいいわけだ、その確率で2000バーツを割った値がぼくがつけたぼくの値段だ
いや、これも正しくない、犬に咬まれた時ぼくはその確率を知らなかったのだから確率も自分で見積もらねばならない、そうだ、咬まれたあと走りながら計算していたのだった、傷は血が滲んだ程度だしどんなに高く踏んでも1%だろうと、2000バーツ割る1%、20万バーツ、日本円にして約60万円、まあ60万の命でも地球よりは重いんだし
何かを踏んづけた方の傷は直径0.2ミリほどの小さな孔キズだ、これは何か鋭いものが中に入ってしまったかと疑ったが、翌日久々に靴を履いて走ってみたら何ともなかった、翌々日はバンドエイドを貼って走った、次の日はレースで念を入れてバンドエイドの重ね貼りで走りそこそこの結果をだした
だが、穴はなかなかふさがらない、その日その日でまれにではあるがズキンとした痛みが走ったり走らなかったり、きっとそいつが寝返りでも打つように足裏での姿勢を変えていたのだろう
保健同人社の家庭の医学ポケット版によると、咬まれてから発病まで10日ないし20日とある
リミットは3月11日、毎日数回傷口の消毒を続けてきたが、その日傷の様子がいつもと違った、穴ではなく3ミリくらいの黒い一本の線になっている、なんだなんだとこすってみたらいとも簡単に剥がれて落ちた、ガラスの破片だった、おそらくビール瓶銘柄はLEO
ほっとした、恥ずかしながら、ぼくの人生これからだと一瞬高揚してしまった、3日3晩扁桃腺肥大の部位に突き刺さっていた鰯の小骨がとれた時よりはるかにうれしかった
昔、上の歯が抜けた時は流しに捨て下の歯は屋根にまくと聞いた記憶があるが、そのガラスの破片はタイガーバームの空き瓶に入れ危険物専用にしているレジ袋の中に捨てた




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