2019年10月22日火曜日

京マチ子の5本 その2 華麗なる一族

3段目6番

サントリーレッドの青春
 
高校二年の冬だった
三学期が始まってから、昼休みに校舎を抜け出し近くにある真ちゃんの家で、ビールを一本飲みながら弁当を食うのが慣わしになった
といってもその日が三度目か四度目だった
「ない」
と冷蔵庫を開けた真ちゃんがいった
「ゆうべはあったんだ、おやじが飲んじゃたんだな」
「真ちゃんのビールじゃないもんな」
サントリーレッドならある」
「うーん、レッドか」
ぼくたちは時間を惜しむように、弁当を食いウイスキーを空けた
五時限目はサッカーだ
真ちゃんとは同じクラスだが、コースが違うので授業は別になる
サッカーは得意だ
だがその日は散々だった いったい何度転んだろう
六時限目はリーダーだった
チャイムが鳴って、五分で異変に気付いた
あとからすれば担当のワタベ先生が来なかったのは、幸運だった
そのことが異変なのではない
吐きたくてトイレに行きたいのに、体を動かすことができない
ぼくは机にひろげたリーダーの教科書に、突っ伏している
こらえきれずについに吐く
これはえらいことだ、と必死にすする
半分ほどすすったところで、力が尽きた
吐き気はとめどなく襲い、ゲロは教科書を乗り越え机上に溢れた
ぼくは便所の個室の壁に、もたれかかっている
扉は開けられたままだ
ここでも吐いたのか、学生服の胸が嘔吐物で汚れていた
「ヨモギタくん、ここに食塩水置きましたからね 吐いたあとは塩水のうがいが一番いいんだから」
という中年女の声がする おそらく保健室のサイトウツヤ先生だ
オーシャンに抱きかかえられるようにして、教室を出たのはかすかに覚えている
ここに来る前、オーシャンは保健室に寄ったのだろうか?
終了のチャイムを、壁に寄り添った姿勢のまま聞く
掃除当番だろう、男が二人不思議そうにこっちを見ている
そこへオーシャンが飛び込んできた
真ちゃんも一緒だ
二人の肩を借り、引きずられるようにバス停へと歩く
酔いが一気に噴出したのだろう
バスの中、大声で喋り散らし、二人は黙らせるのに大変だったらしい
ぼくが使っている机と周辺の後始末をしてくれた、というノトヤさんも乗っていた、と聞いた
何度もしつこく絡むようにお礼を言ったのだそうだ
東武日光駅待合室のベンチに連行される
酔い覚ましだ
「これで匂いを消すんだ」
とガムを買ってきてくれたのは、真ちゃんだったかオーシャンだったか 
「マル田バツ子がマル沢バツ芳とつき合っるの知ってるか?」
といったのは、オーシャンだったか真ちゃんだったか
マル田バツ子とは、振られるまで三ヶ月ほどつき合った
なぜ振られたのか、いまだにわからない
二股かけられていたとは思わないし、思いたくもない
それにしても少し早すぎはしまいか
「そろそろ帰らないと」と二人は何度かいった
その都度ああだこうだと引き延ばしてきた
もう限界のようだ
外は真っ暗になっている
二人はカバンを学校に置いたままだ
ふらふらと歩き出した後ろを二人は連いてくる
前から来た車に向かって駆け出し
カシアス・クレイ張りに<蝶のように舞おう>としたらよろけた
車がクラクションを鳴らす
二人が同時に腕を取る
「何やってんだよ、轢かれたらどうすんだよ」
「ああ、」
「何がああだよ」
「ううっ」
「ったく」
そこを曲がれば家だというところまで来た
「いいか、家に入ったら具合が悪いといってすぐ寝ちまうんだ  あした一番でカナイ先生に謝る 昼に飲んだなんて言っちゃだめだぞ 二日酔いってことにする 前の日に酔ったおやじに無理やり飲まされたって言うんだ」
と真ちゃんがいう
「ほら」
とオーシャンが学生カバンを寄こす
「ありがと、オーシャンは飲んでないのにな」
「ほんとだよ」
何をどう詰め込んでくれたのか、パンパンに脹れている
「まいった」
急に冴え醒めてきた頭で呟きながら、玄関のガラス戸をそっと開ける
そして真ちゃんにいわれた通り
「あのさ、なんか調子わりいからもう寝っから」
と茶の間に方に声をかけ、吐寫物をところどころにこびりつかせた学生服のまま、深くベットに潜りこんだ
 





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