40段目10番
ピンクフロイド
を、50年ぶりにユーチューブで聞いた
狂気を小西洋二から借りたのは、高校2年だっただろうか?
いっとき夢中になったが、それきりだった
それは、小西に対しても言えるかもしれない
小西の家へは1度、遊びに行ったことがある
学校帰りの小西と連れ立って東武日光駅から乗り、新鹿沼で降りた
学生服を脱いだぼくは綿入れ半纏を着ていた 小西には奇異に映ったようだ
小西家では、おかあさんを見たような気がする
小西がフォークギターで<まぼろしのつばさと共に>と<翼をください>を歌ったのは確かだ
高校を出て3、4年経ったろうか
渋谷駅の構内を井の頭線の方へ歩いていた時、小西とすれ違った
その時も半纏姿で、小西は驚いていた
スナイパーで働いてるとのこと 調べたらホモ雑誌だった
そして時間はどのくらい流れたろう?
小西の小説が小説現代に載った
その回、新人賞の入選作はなかった 佳作が3編で小西のが掲載された、のだ
ぼくは、小説家を目指していた
小説現代はもとより、各誌新人賞に、何度も応募していた
心境は複雑だった
当時も今も、自分の心持ちをうまく伝える術を持たない
それがぼくの、限界なのだろう
これで終わりじゃあんまりなので話題を変える
小学中学と、母は毎年のように、半纏を拵えてくれた
高校社会人と進むに連れ着る回数は減っていった
それでも4年に1度は、新しく作ってくれたものだ
母が死んだあとも、残っていたノを
思い出すように着ている
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