17段目10番
蓮の茎
「私はあなたの牛乳瓶ではありません」
という手紙をNからもらったことがある
勃起前は隠れてしまうほどに小さいので、牛乳瓶にも簡単に挿入できた
入れたり出したりして、繰り返し遊んだ
ある時、抜けなくなった
冷静にと唱え、心落ち着けても
目を瞑り数を数え上げても、萎える気配はない
「これでダメなら割るしかない、ええいままよ!」
と思い切り反動をつけたら、抜けた
1秒後に射精が始まった
この精通の一部始終を、Nに面白おかしく語ったことがあった
65年生きてきた
定義はむずかしいが経験した素人は6人 うち2回以上やったのはNだけだ
精通が遅かった分、性欲は人並み以上で、おのずとプロフェッショナルな方々にお願いすることとなった
チェンマイのチャングプアクバスターミナルからチョタナ通りを横切り、チャングプアク通りソイ4に入って500mばかり行くと、左手に消防署と火葬場がある
その向かい側にコーヒーショップ街(勝手にそう呼んでいた)が広がっていた
暗くなると赤青黄色その他の色電球が点滅し始める
全部が(その手)の店だった
安宿暮らしを卒業し、部屋を借りることにした
旧市街の中はどこもいっぱいで、トゥクトゥクตุ๊กฯの運転手が、連れ込んだのが××アパートだ
なんとアパートの裏側が、コーヒーショップ街だった
最も近い店には、歩いて5分とかからない
当時ちょんの間ขัวคราวが150~200 泊りตลอดคืนが500~1000バーツだった
泊りは夜が更けるほどに安くなる
店の奥に部屋があるところもあったし、オートバイで近所のホテルに送り届ける店もあった
最盛期には15軒はあったのではないか おそらく全店走破したはずだ
ただ、泊りにしたのは3人だけで、アパートに連れ帰ったのはサイブワひとりだった
サイブワの店からハッサワディセーウィー通りを挟んで、斜め向こうに聾唖学校があった
アパート3階の部屋のドアを開けると、向こう正面が窓になっている
窓から顔を出すと、聾唖学校が見えた
特別にサイブワを(月1800バーツ)の部屋に招き入れたのは、ショートタイムでの態度というか応対に感じ入ったからだ
1回目が終わり、シャワーを浴びて出てきた
サイブワの印象は一変した 化粧を落としたのだ
20過ぎだろうと見ていたが、それよりだいぶ若い
おしろいを落とした顔は浅黒かった 白いのは好きじゃない
当時は、まだ167㎝はあったはず サイブワも同じくらいだ
やたらと手足が長く(猿の子供)を思わせた
「サパイを飲みたいの」とサイブワが言った
サパイとはスプライトのことだった
頼んだ<缶ビール>と<スプライト>に<すいかの種>を買ってサイブワは戻ってきた
ベッドに座り、その前に運んできた机に両肘を置き、かなりのスピードですいかの種を口に入れ、黒い殻だけをペッと吐きだす
魔法のような口の動きだ
隣でぼくも挑戦したが、うまくいかない
コツをサイブワが伝授してくれる
親指と人差し指に種を挟み側面を、前歯の上と下とで割る
前歯の上に当てる側は「こっちだ」と、何度も説明してくれるのだが、どっちも同じに見えてよくわからない
1時間、ああだこうだやったが、徒労に終わった
サイブワは、お喋りじゃないが、よく笑った
本職の他にバイトもしている
「週3回、近所の仕立て屋でミシンを踏むの」
ぼくは(その店)を特定できた
泊りの終了時間(朝7時)までに3回した
翌々日、部屋の電話が鳴った
女の声だ フロントの女じゃなさそうだ
当時、部屋の電話はフロントを通さないと繋がらなかった
何事か早口に言って「ケ、ケ、ケ」と笑った 近くにもう1人誰かいるようだ
「あなたは誰?クンクライคุณใคร?」と聞いた
笑い声が止み、電話が切れた 途端にサイブワと気づいた
いったいどこからかけてきたのだろう?
あの声の近さはフロントの電話を利用したのだ
窓から下を覗く
小道を同じ年恰好の女と、コーヒーショップ街の方へ歩いて行く、サイブワの後ろ姿が見えた
色電球が灯るのを待って、サイブワの店に行った
アパートへの道を歩きながら昼間の非礼を、拙いタイ語で述べた
通じなかったのか、サイブワは無言だった
シャワー室から出てきても化粧はそのままだった
「落としてくれないか」と、お願いした
これも通じたのかどうか、取り付く島がなかった
2回目を仕掛けたが拒否された
長い夜だった
あまりに早い時間に戻ってもサイブワだって困るだろう
4時になったので「帰っていい」と言うと、待ってましたとばかりに飛び出していった
しつこいと思われてはマズイので2日経ってから、店に行った
中にサイブワは見当たらず、店の男に聞くと「やめた」と答えた
たぶん嘘だ 嫌われてしまったようだ
1度日本に帰り、働いて戻ってきた、翌年のソンクラーン(水かけ祭り)の日
アパートの隣の隣の飲み屋の主人エークが運転する、荷台付き乗用車รถกระบะの荷台にドラム缶を積み込み、給仕女や常連数人とで街中へと繰り出した
ホースを手にしたサイブワが同僚たちと、店の前にいた
ぼくには気づかなかったと思う
もうほとぼりも冷めたころではないのか!
心ざわついたが、行動に移す勇気はなかった
長い間、サイブワを、サイใส透き通ったブワบัว蓮、と思っていた
それは勘違いだった
サイブワはサーイブワだった
サーイสาย茎、ブワบัว蓮
蓮の茎だ
仮に透き通った蓮なら、ブワサイบัวใสとならなければならない
この新発見はこころに波紋のように広がった
腑に落ちた
すべてに合点がいったのだった
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