2021年3月24日水曜日

角田光代の5冊 その3 八日目の蝉

 16段目1番

リヤカーを押す


ぼくがタイを好きなのは、屋台のせいなのではないか
人のある所必ず屋台は出る
小便の時が少々厄介だが、飲むのは屋台だ

昼間の商売を終えた屋台が引き揚げていく
母親が引き、女の子二人が後を押す
「ようし、それ行け!」
と心の中で叫ぶ

ベロンベロンの時は、加勢にだってつく
おかみは「すわ」飲み逃げかと、目を三角にし
突然の闖入者に姉と妹は目をまんまるにした

昔、うちにはリヤカーがあった
河川敷には畑があった
小学生のぼくは幾度もリヤカーを押した

理不尽に、おやじに殴られた、その午後も
切れるように冷たい、あぶら川で洗った大根積み込んだリヤカーを、ためらいなく、何を疑うでもなく
突き抜けた空に向かって押した





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